眼鏡紳士の非日常。

日常に潜む非日常を淡々と。

これまた数年前の話。

同居の母より、「オマエ ドウセ ヒマ。カイモノ イッテコイ。」というインディアン調の命令とともに、財布を差し出される。
あんまりだと思いませんか。
息子とは言え、仮にも私も立派な成人ですよ。
30を過ぎた大の大人に向かってそのように悪し様に用を申し付けるなんて。
 さすがの私もビシッと言ってやりましたよ。
「これじゃあ何を買えばいいか分からないじゃないですか!」
ってね。
すると遥かなる高みから、殴り書きの買い物リストが降ってきた。
「さっすがお母様!用意のいい女性って素敵だな!」
土下座して母のスリッパを舐めるワタクシに刺すような視線で、『いいからさっさと行ってこいこのゴボウ野郎。』というメッセージを無言で伝える母。
母の表情からそこまで読み取れる私は、最新のエアリーディング機能を搭載しております。
エス マム、イッツ マイ プレジャー!
光の速さで最寄りの生協に行き、リストのものを次々とカゴヘ収めるワタクシ。
仕事のできる男って感じで素敵だと思いませんか。
私はこうして自らを誉めることで、自らを満足させている。
自給自足は農耕民族たる日本人の誇るべき伝統的スキルの一つだと思います。
一瞬で全てのレジを見渡し、並んでいる人の数・品物量、レジ係の処理速度、それら全てを総合的に判断し、並ぶべきレジをチョイス。
母上の下知から5分後にはレジに並んでおりました。
そして私の番。
レジ係に言われるより先にコープカードを手渡し、袋は不要である旨を伝える。
流れるような所作。
全てが完璧だった。
お会計768円也。
母の財布を開ける。
小銭入れには345円。
そして、札入れにはレシート。
え。レシート。
え、なにちょっとまって。
レシートでおかいけい?
私を陥れるための陰謀?
それともとんちか何かで乗り切れとかそういうこと??
一瞬で思考が巡る。
しかし、結局は母のケアレスミスであることに気付く。
「ずびばぜん、さいふ、おかね!はいってなかた!すぐもどるます!」
予想外の事態にすっかりテンパった私は、片言でレジ係の方に謝罪すると、光の速さで家に戻り、母に事の顛末を告げた。
「あらそうごめんねーゲラゲラゲラ!」
何か知らんけど物凄く笑われた。
他に買い物があったから、やはり自分も行くと言う母。
下男のように付き従う私。
なんかレジの人から見たら、おつかいに行ったけど、お金足りなくてお母さん連れてきた息子みたいだよねwwwって思ったけどよくよく冷静に考えたら、何一つ間違ってなさ過ぎて愕然とした。
四半世紀もの年月は、私に何の成長も与えてくれなかったという、そういうお話でした。